雑居ビルの解体から見える、下北沢の街の移り変わり

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下北沢の街を歩いていると、ここ最近、建物の解体現場を目にする機会が明らかに増えてきました。
いかにも「シモキタらしい」雑居ビルや、長年親しまれてきた居酒屋が入っていた建物が、静かにその役目を終えています。

今回目にしたのも、そんな光景でした。


昭和30〜40年代に建てられた建物たち

下北沢が急速に発達したのは、昭和30年代から40年代にかけてだと言われています。
戦後の住宅需要、私鉄沿線の発展、そして小劇場や飲食店が集まり始めたことで、街としての骨格が一気に形作られました。

その時代に建てられた雑居ビルが、今ちょうど築60年前後
建物としては、まさに寿命を迎えるタイミングです。


北沢ビル、そして居酒屋のあった建物

一蘭が入っていた雑居ビル「北沢ビル」や、
居酒屋、そして「やきとり 島路」が入っていた建物も、2025年末時点で解体を待つ状態でした。

外壁の剥がれ、窓枠の歪み、仮囲いに貼られた「立入禁止」「危険」の文字。
写真で見ると、どれも痛々しくもあり、同時によくここまで持ちこたえたなという気持ちにもなります。

築60年ともなれば、耐震性も現代基準とは大きく異なります。
そう考えると、建て替えはごく自然な流れです。


街が入れ替わっていくということ

古い建物がなくなることに、寂しさを感じる人も多いと思います。
実際、下北沢は「古い」「雑多」「ごちゃごちゃしている」こと自体が魅力だった街です。

ただ一方で、
こうして街の新陳代謝を目の前で見られるというのは、なかなか面白い体験でもあります。

どんな建物が建ち、
どんな店が入り、
どんな人たちが集まるのか。

解体現場は、未来の下北沢の“空白”を一時的に可視化してくれている場所なのかもしれません。


下北沢は「変わらない街」ではない

下北沢は、変わらないように見えて、実はずっと変わり続けてきた街です。
昭和の住宅地から、演劇と音楽の街へ。
そして今、再び次のフェーズへと向かっています。今は「古着屋」の街でしょうか。

雑居ビルや居酒屋の解体は、その象徴のひとつです。
少し切なく、でもどこかワクワクする。
そんな感情が同時に湧いてきます。


まとめ

築60年を超えた建物が姿を消していくのは、避けられない流れです。
それを「残念だ」とだけ捉えるのではなく、
街が生き物のように入れ替わっていく過程として眺めてみるのも、下北沢の楽しみ方のひとつだと思います。

また数年後、この場所を歩いたとき、
今日見た解体現場がどんな風景に変わっているのか。
そんなことを想像しながら、シモキタを歩くのも悪くありません。


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